うちからだと電車で1本(正確には2本)で行けるんだけど、にしても電車で1時間30分くらい掛かる(東上線の終点小川町から1時間に2本くらいしか電車が無い)んでちょっとした旅行と言う感覚。
鉢形城
築城時期には諸説あるが、文明年間(1469〜87)に山内上杉氏の家臣長尾景春によって築かれたと言う説が有力である。
1560年(永禄3年)ころ、山内上杉氏の家老藤田康邦の娘婿として北条氏邦が入り大城郭へ拡大整備した。
1590年(天正18年)豊臣軍5万の攻撃を受けるも、3000人の城兵は頑強に抵抗して1ヶ月篭城。その後説得されて開城し、以後廃城となった。
行く前はたいして期待していなかったんだけど、行って見たらなかなかたいしたものだと感動を覚えた。
まずは外曲輪から。ここには歴史資料館がある。
城としての規模はかなり大きい。外曲輪から本曲輪方面に移動中の光景。
これは深沢川という川で、渓谷となっています。
本丸跡の方に移動
この裏手は荒川が流れている。
背後は断崖絶壁になっています。まさに天然の要害。
そして驚いたのがこの後。二の丸の方に移動すると…
馬出(うまだし)とは
エラい整備が進んでいるのだ。
鉢形城の全景
虎口
虎口とは、城の出入り口(城門)のことで、小口から来たものだといわれています。虎口は敵の攻撃が集中する部分のため、城門を二重に構え、攻撃の緩衝地帯を設ける目的で、この馬出が発達したと言われます。
復元された門
石垣も残っています
この鉢形城、かなり規模が大きかったことがわかります。
また整備もそれなりに進んでおり、見て廻るのが大変でした。
当日はかなり遅い時間に家を出たのですが、もっと早く出ればよかったと後悔しました。
ただ整備は中途半端な感じで、二の丸・三の丸は整備が進んでいるのに、肝心の本丸跡は手付かず。一つは本丸跡を含む大部分を埼玉県森林センターが所有しているからだと思われる。
また整備跡があまりにも綺麗過ぎるのも、「本当に再現しているのか?」と言う不安を掻き立てられる。
ですが、割とほっとかれたり、あるいは全く違う公園化されたり、住宅地に埋もれたりと言う城跡が多い中、ちゃんと残そうと言う町の姿勢は買えると思いました。
【歴史モノ・城の最新記事】



寄居北條まつりを検索して来ました。
鉢形城の詳しいBLOG記事参考になります。
トラバ貼らせて頂きましたので宜しくお願い致します。
また、見せて下さい。
では、また・・・。
どぅも初めまして!
ご訪問 ウェルカムであります
あぁ北条祭り 行かれたんですか!いいなぁ
一度行ってみたいと思ってるんですが なかなか日程が合わなくて…
そぅ言えば最近 城廻り 行ってないなぁ…
これを機に また出陣しようかなぁ
TBまでいただきありがとうございました 今後も宜しくお願いします!